道友会について

会長挨拶

薗 麗子

会長 薗 麗子

創設者の薗廣教は大正十五年、千数百年続いてきた楽家の男子として生まれ、宮内省楽部にて楽道を歩んでいましたが、戦後GHQの定員削減令による人員整理のため退職に至りました。楽師とはいえ弱冠二十歳、しかも戦中は稽古どころでは無かったはずです。

思い返せば、そんな彼が内弟子にしてまで若者達に教えたかったことは雅楽の技術に加えて、戦前の先生方の妥協を許さない楽への姿勢や生徒達に対する分け隔て無い情愛だったと解せます。十数名が共に寝起きし、稽古や掃除、賑やかな食卓、困った事も多い日々でしたが今は懐かしい思い出です。
そして会の発足五十周年記念演奏会や廣教の二十年祭を経て、現在も残された弟子達が懸命に遺志を継いでくれています。

是非、多くの方々が皇室や古社名刹にて綿々と伝えられて来た本物の雅楽に触れ、日本人の息吹を感じて頂けることを切に願います。

本物雅楽える

楽長 福岡三朗 

正統云われる雅楽、皇室神社仏閣という千年える歴史いできたの庇護のもと今日っています神道一番大切行事である祭典では神社げて御祭神接遇しますが丹精込めて収穫に至った海川山野の幸厳選して神饌物として捧げ善言美辞くした祝詞を作文奉読そして奏楽このの基本接待わなければ斎主以下拝礼されません大昔から貴人へのおもてなしには言葉、食、楽舞が不可欠であったが故に雅楽は護られてきました。 

 廣教先生常々「本物雅楽」されたのは、式いての本物ければなる背景音楽でありやがて録音になるであろう、楽三本柱一角うには奏楽必要技量だけで、互いが切磋琢磨鍛錬らない必要るとの意味であったと理解しています。即俊美先生御言葉「以和為楽」管舞絃歌鼓めた手足のみから是を目指せということで、戦後いて伝承不安えて雅楽道友会たとべられています 

楽を志す理解すれば自身への課題えてきます道は方向人が多いほど安定しますので、本物雅楽目指是非お越し下さいまた、神仏使える方々には祝詞経典、神饌五供じく、楽しが吟味できねば法会神事にはらないとうこともえとしてえさせてきます

雅楽道友会の沿革

雅楽道友会は昭和四十二年、元宮内庁楽部楽師 故・薗廣教を中心に有志が集い、民間への雅楽の普及および技術向上を目的とし発足しました。

会長となった薗は後進の育成こそが天命であると悟り、志ある者を内弟子として育て、民間で初めての雅楽を専門職とする集団を作り上げるとともに数多くの指導者を世に送り出しました。

現在も内弟子であった楽師を中心に、恩師の名「広く教える」を旨に、古典の伝承に励むことと会の名称である「雅の道の友」の集まりであり続けることを指針に、演奏活動や管楽器の製作を始め、会員育成はもとより、各地の雅楽団体への指導にも取り組んでいます。

薗 廣教(雅楽道友会初代会長、元宮内庁楽部楽師)略歴

昭和元年2月26日
昭和12年
昭和19年
昭和20年
昭和30年
昭和42年
昭和50年

昭和54年
平成10年6月2日

楽家、薗 廣高の二男として東京大森町にて出生
宮内省式部職楽部学生となる
宮内省式部職楽部楽師となる
宮内庁式部職楽部退官
日本雅楽会創立に参画
道友雅楽会創立、会長となる
内弟子制度導入
雅楽指導者の育成を主旨として雅楽の普及に勤める
雅楽道友会に改名
東京目黒にて永眠

雅楽道友会 連絡先

〒142-0043 東京都品川区二葉1-15-2
電話/FAX 03-3783-2371
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顧問

顧問 池邊五郎

元宮内庁式部職楽部首席楽長

前顧問 東儀俊美

元宮内庁式部職楽部首席楽長

東儀俊美 経歴

昭和4年生まれ。
11歳で宮内庁式部職楽部に入学し、昭和24年同楽部楽師となる。
昭和56年重要無形文化財保持者、平成6年首席楽長に就任。御大葬、平成の御大礼、伊勢の遷宮などの奏楽、大嘗祭の悠紀風俗歌、風俗舞の作曲作舞、皇太子殿下の御歌による催馬樂「大空」の作曲などをおこなう。
平成8年退官。専職は篳篥、左舞、筝。
平成23年4月20日永眠。日本芸術院会員。従四位・旭日中綬章。

薗廣教と東儀俊美 

2人は共に千数百年雅楽を伝承してきた四天王寺派楽家に生まれ、東儀俊美の祖母が薗廣教の父の姉にあたる関係であると共に、楽部楽生時代の先輩後輩でもある。
時は経ち、廣教が弟子の指導を俊美に願い出たところ、昔からの縁は勿論、弟子達の管・歌・舞・絃・打ち物の全てを学ぶ姿勢に共感し、それまで決して行わなかった民間への指導を引き受けた。廣教の亡き後は、雅楽道友会顧問として弟子達への指導を続けた。